近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉数奇な人生を辿った大盗の清水定吉が、1869(明治2)年には一時医術修行をはじめた。挿絵はその三十三歳の定吉と、妾のお八重と思われる。この絵には開化に関係するようなものはなにひとつない。画風もまた意図的に草双紙風にと心がけているのは画家の遊びだろう。男の髪は月代(サカヤキ)を剃らない惣髪で、後ろに切り下げているのは、医者や易者、講釈師などのしるし。女の方は大丸髷の女房風だが、眉毛を剃らず歯も染めていないのは半元服という。この時代、若い女が旦那とりをするのはめずらしいことではなく、同じ境涯の女が多く住んでいるお妾新道のようなところさえあった。そういう女性は娘の風のままでいるか、半元服の姿がふつうだったようだ。丸髷は当時の男にはずいぶん色っぽいものに見えたらしい。維新前後のこの時代の丸髷は前髪の小さいのが特色。後ろに突き出した髷のなかに赤い手柄が見え、そのそばへ後ろ挿しの簪(カンザシ)を挿しているのはおきまり。額の生え際は富士額。(大丸 弘)
ID No. N69-001
出典資料 都新聞
発行年月日 1893(明治26)年5月13日号 1面
小説のタイトル 探偵叢話(20):清水定吉(26)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ot:[男の髪型]
Vhao:[羽織]
D2ma:[丸髷]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vhat:[半天;どてら]
Qwa:[綿入れ;キルティング]
Vka:[掛襟]
Vna:[長襦袢;襦袢]
D3ut:[打合せ;襟あき;ぬき襟]
時代区分・年代 19世紀後半;1869(明治2)年
国名 日本
キーワード 総髪;格子のきもの;黒紋付き羽織;羽織紐;富士額;後挿しの簪;手柄;総柄のきもの;竪縞のどてら;黒襟
男女別 男性;女性
体の部分 上半身