近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉明治の御代と文中にあるけれど、貧家の有様は維新もなにもない。枕屏風のかげで伏せっている病気の夫は車夫をしているというから、正確にいえば人力車が現れた1869(明治2)年,1870(明治3)年以後のことになる。今年九歳になる娘は、父親の薬代どころかその日の食べるのにも事欠いている家の様子をおもんぱかり、まとまった金を手に入れてふたりの親を救うために、近所の内藤新宿の廓に身を売ることを母親に申し出ている。歌川豊宣の絵は人物の顔を除けばリアリズムで、九尺二間の長屋の室内を細かく描写している。左手の、火吹き竹や消し壺まで描き込まれた竈(カマド)のある空間は土間の台所。出入りはここだけしかできない。右手に娘の手を握り、左の手で襦袢の袖を引き出して涙を拭いている母親の髪は馬の尾結び。(大丸 弘)
ID No. N68-001
出典資料 改進新聞
発行年月日 1885(明治18)年4月15日号 3面
画家・撮影者 歌川豊宣(香蝶楼豊宣)(1859-1886)
小説のタイトル 梅花名誉(1)
作者 佐倉叟春江(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D002:[女の子(小学生くらい)]
D2:[ヘアスタイル]
Vna:[長襦袢;襦袢]
D801:[強い悩み・悲しみ・口惜しさ・羞恥の表現]
時代区分・年代 19世紀後半;1868(明治元)年
国名 日本
キーワード 長屋;土間;枕屏風;破れ障子;貧困;馬の尾結び;母と子;襦袢の袖;袖口で涙をぬぐう
男女別 女性;女児
体の部分 全身;坐臥