近代日本の身装文化(身装画像)
説明 父親が出征したあとの、子どもたちと村人の交流を描く。この日は出征の場面。出征のときは軍装で、もちろん鉄兜は被らないで帽子は略帽。略帽は俗に戦闘帽といわれ、戦時中は学生から工員から小学生まで、だれもかれもが被った。この絵では描かれていないが、顎紐のある点以外は野球帽と似ている。日の丸の小旗を持った娘の肩に手を差し出しているのが父親らしい。周囲の応召兵が布製の巻脚絆であるのに、父親だけが革製の長靴を履いているのは階級のちがいだろう。長靴を履けるのは尉官(イカン)以上。日中戦争がはじまってから各家庭にはたいてい手製の日の丸の小旗があった。肉親や知人はいうまでもないが、同町内に出征兵士があったときは、家族のだれかがこの小旗を持って、駅まで送りに行くのが義理だった。そのほか上海陥落、南京陥落などという祝賀のときには、夜は提灯行列、昼には旗行列があった。(大丸 弘)
ID No. N41-003
出典資料 都新聞
発行年月日 1941(昭和16)年9月25日号 1面
画家・撮影者 小穴隆一(1894-1966)
小説のタイトル 虎彦龍彦(10):綴方教室(8)
作者 坪田譲治(1890-1982)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4gu:[軍人;武人;騎士]
Jsj:[出征;出陣]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wkya:[脚絆;脛覆い]
Wbut:[ブーツ;長靴]
D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
D2:[ヘアスタイル]
時代区分・年代 20世紀前半;1941(昭和16)年
国名 日本
キーワード 軍装;略帽;戦闘帽;巻脚絆;ゲートル;おかっぱ;オカッパ;和装と洋装の対比;日章旗
男女別 男性;女性
体の部分 群像