近代日本の身装文化(身装画像)
説明 久米正雄が『破船』事件のこだわりから抜け出て、通俗小説作家としての開かれた道を歩み出していた時期の作品。マネキンが登場するが、山野千枝子による東京マネキン・クラブ事件が二年前、またこの回でも、二カ月前に有楽座で封切られた映画「モロッコ」のスター、ゲイリー・クーパーの名前が出るなど、読者サービスも怠りない。女学校の校庭の隅、お見合いをさせられた娘が、親友にその報告をしている。女学生の和服は、袴に靴などは、明治時代とそれほど変わっていないように見える。ただ、一般にきものの柄が派手になっていることと、髪型で廂髪(庇髪)(ヒサシガミ)がすっかり廃れたことは明らか。洋服の制服を制定する動きが広がっていたが、たいていは第二制服として強制的ではなかった。また、裁縫の時間には必ず洋裁の実習もあったが、洋服を着ているのは先生だけ、という光景が多かった。(大丸 弘)
ID No. N31-002
出典資料 報知新聞
発行年月日 1931(昭和6)年4月19日号 6面
画家・撮影者 山川秀峰(1898-1944)
小説のタイトル 双眸(4):政敵の娘(4)
作者 久米正雄(1891-1952)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7jog:[女学生]
Vhao:[羽織]
Vhaf:[袴(女性)]
時代区分・年代 20世紀前半;1931(昭和6)年
国名 日本
キーワード 女学生;小さい頭
男女別 女性
体の部分 上半身