近代日本の身装文化(身装画像)
説明 左翼の政治家、国語学者としても著名な高倉輝の、若き日の作品。当時、高倉は長野県の農村に住み、農村文化運動に手をつけていたことを考えると、祇園を舞台にしたこうした花柳小説を書いたことには首をかしげる。ただ、彼は新村出門下で三高、京大時代には京都に住んでいるから、祇園のことに詳しいのはふしぎではない。女主人公は祇園の今年二十五,六になる芸者、子までなした旦那とはもう別れて一本になっている。今日は特別の宴会があるので、髪結さんに明け方に来てもらって大きな高島田を結い上げてもらった、という。これから向かうのは、七つになる男の子を預けている五条の実父の家、いまし方その子どもが急病との報せがきたのだ。宴会といえばたいていは夜のことだが、大きな都会の宴会には、朝十時から、などということもよくある。単衣のふだん着に単衣帯を無造作に締め、とあるが、ふだん着であっても祇園の芸者の着る単衣は中形の木綿浴衣などではなく、肌触りの柔らかな絹物の紅梅だろう。(大丸 弘)
ID No. N27-002
出典資料 都新聞
発行年月日 1927(昭和2)年6月18日号 1面
画家・撮影者 井川洗厓(1876-1961)
小説のタイトル 高瀬川(1):牡丹(1)
作者 高倉輝(1891-1986)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D005:[20~30歳代の女性;年増]
D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D2sim:[島田;高島田]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
D3ut:[打合せ;襟あき;ぬき襟]
Wkas:[傘]
時代区分・年代 20世紀前半;1927(昭和2)年
国名 日本
特定地域 京都;祇園
キーワード 高島田;大きな日本髪;抜き襟;帯の高さ
男女別 女性
体の部分 上半身