近代日本の身装文化(身装画像)
説明 車中で一夜を隣り合わせただけの娘に心を残して列車をあとにし、出迎えの人達に挨拶する子爵。前の晩、椅子に凭(モタ)れて仮眠する娘は、きものの脇あけに両手を入れて子犬のようにスヤスヤねむっていた。和服には女性だけに脇あけがあるが、こんな用途につかわれることもあるらしい。この日の挿絵のような群衆画には、筆者の日常経験の記憶がそれと意図しなくても反映されていることが多い。画面中三人の女性が見え、二人が廂髪(庇髪)(ヒサシガミ)の束髪、一人が丸髷、というのはこの時代のほぼ標準か。男は洋装和装が半々くらい、その中で子どもを含めて袴を穿いている人間が多いのは、旅行者や出迎え人の多い、駅という条件のせいだろう。いまと比べると、政治家など要人の情報、顔写真も、駅での出発、出迎え時のものが多い。知人友人、上役同僚、家族などの駅までの見送りは、今よりずっと懇(ネンゴ)ろだったのだ。(大丸 弘)
ID No. N19-002
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1919(大正8)年3月2日号 9面
画家・撮影者 川端龍子(1885-1966)
小説のタイトル 焔の舞(18):銀貨(2)
作者 真山青果(1878-1948)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G3:[駅舎;空港]
Jmi:[見送り;出迎え]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D2ma:[丸髷]
Vham:[袴(男性)]
Vhao:[羽織]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
時代区分・年代 20世紀前半;1919(大正8)年
国名 日本
キーワード 群衆
男女別 男性;女性
体の部分 群像