近代日本の身装文化(身装画像)
説明 京都郊外の某子爵家の別荘に寄寓している身寄りのお嬢さま。鶯に餌をやっている。鶯の糞は貴重な化粧料だった。束髪はわずか二,三年の間に、明治末から昭和戦前期まで続く大きなバルーン型ができあがってしまう。この種の束髪では髷がごく小さい蓋のように頭頂にあるだけなので、一度結えばあとは何ヶ月でもそのままもたせることもできた。そのため描かれた束髪というと、この箸より重いものはもたないような嬢さまでも、後れ毛がたくさん顔にかかっているのがふつう。お嬢さまが被布の竪襟、ふつうのきものの衽(オクミ)に当たる部分を開けて着ているのは、かなりくつろいだ気分。(大丸 弘)
ID No. N07-003
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1907(明治40)年2月21日号 8面
画家・撮影者 阪田耕雪(坂田耕雪)(1871-1935)
小説のタイトル 懸賞小説第一等当選 嫁ヶ淵(51)
作者 小笠原白也(1873-1946)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7re:[令嬢モデル]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vhi:[被布]
Qkas:[絣]
Vob:[帯]
時代区分・年代 20世紀初め;1907(明治40)年
国名 日本
特定地域 京都
キーワード お嬢様;バルーン型;リボン;兵児帯;素足;座布団
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥