近代日本の身装文化(身装画像)
説明 用意の調った夕餉の膳のかたわらで、帰りの遅い夫を待っている妻。人妻の髪型はこの時代になると、丸髷以外のものはなくなる。下町の商家のおかみさんや水商売の人が、銀杏返しに結うこともある、という程度。だから髷を結う人の年齢幅が広く、身分もさまざまなため、髪結にとっては丸髷がいちばんむずかしい髪だった。「髷」とだけいうと丸髷をさした。この女性の首筋に数条の後れ毛が見える。後れ毛はふつう心の乱れなどを表すのに使うが、「口紅をさして、きりりとした身仕舞い」という、夫を待っていわば弦を張った弓のような状態の妻が、髪を乱しているのは不自然。襦袢の襟元は衿留めで止めている。流行の期間はそう長くなかったが、和服の数すくないコスチューム・ジュエリーで、この時代がほぼ下限。(大丸 弘)
ID No. N05-006
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1905(明治38)年11月11日号 8面
画家・撮影者 阪田耕雪(坂田耕雪)(1871-1935)
小説のタイトル 麗子夫人(2)(3)
作者 小栗風葉(1875-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ma:[丸髷]
Wbu:[ブローチ;襟留め;襟飾り]
H000:[照明;照明具(一般)]
時代区分・年代 20世紀初め;1905(明治38)年
国名 日本
キーワード ランプ;ランプ台
男女別 女性
体の部分 上半身