近代日本の身装文化(身装画像)
説明 幼稚園はわが国では1876(明治9)年、東京女子師範学校が付属施設として設置したのが最初といわれている。この時代までの幼稚園は、送り迎えを女中や車夫、書生などが毎日できるような、かなり余裕のある階級のものだった。このことはここに描かれている十人ほどの子どもの身なりからも察せられる。子どもの着るもの、いや着せるものには、親自身だったら恥ずかしくて着られないような、思いきってハイカラなものや、逆に古風な伝統服装やがあって、着ることについての親のひとつの想いの実現、といった感もある。小学校にはいろいろな形の規制があり、また子ども自身もほかのひととあまり違った恰好をすることを嫌がるだろう。その点、学齢に達しない幼児は無頓着で、親の言いなりになる。(大丸 弘)
ID No. N04-001
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1904(明治37)年2月11日号 11面
小説のタイトル 幼稚園(1)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D001:[女の幼児(だいたい就学以前)]
D011:[男の幼児(だいたい就学以前)]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
Vkat:[肩揚げ]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vob:[帯]
Jkd:[子どもたちの暮らしと遊び]
時代区分・年代 20世紀初め;1904(明治37)年
国名 日本
キーワード 幼稚園児;男児洋服;エプロン;切り髪;リボン;兵児帯
男女別 男児;女児
体の部分 全身;群像