近代日本の身装文化(身装画像)
説明 新吉原の大門。鉄筋煉瓦製約5mの門柱が、吉原花街のメインストリートである仲ノ町に向かい、上に大きなガス灯を戴いて相対しているが、塀も扉もないので、門というより二本の黒ずんだ柱にすぎない。見ようによっては無骨で殺風景なもの。1881(明治14)年建造。1911(明治44)年4月9日夜の吉原大火でこの門柱も焼け、鉄骨は高熱でねじ曲がりみじめな姿となる。この作品の主人公たちがとくに品行が悪かったというわけでもなく、明治生まれの東京の男の相当数は、ある年頃になるとこの里で「男になる」ことを当然のようにさえ考えていたようだ。またそのくらい、張見世の花魁は華やかで美しく、男の心を蕩かしたらしい。張見世の禁じられたのが大正初期、豪華な裲襠(しかけ)の廃されたのが1916(大正5)年、しかし吉原の繁栄は吉原大火までだった、と回顧する人が多い。(大丸 弘)
ID No. HC89-005
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1889(明治22)年1月30日号 3面
小説のタイトル 筆はじめ(21)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード K005:[遊廓内の家並み]
G05:[塀;門]
H000:[照明;照明具(一般)]
G790:[人力車]
時代区分・年代 19世紀後半;1889(明治22)年
国名 日本
特定地域 東京;新吉原;仲ノ町
キーワード 大門;ガス灯
体の部分 群像