近代日本の身装文化(身装画像)
説明 北房州の漁村で暮らす十九になる娘。吝嗇ではあるが裕福な伯父に養われているので漁師の娘というわけではない。木綿のきものだろうが、大きなお太鼓帯にしていられるのがその証拠。台風が海岸を襲った夜、漁船で荒岩に打ち上げられた弟を気遣って、砂浜をはだしで走っているときはいつものそのきものの裾をまくっているので、下の白い湯文字(=腰巻)が出ている。娘の髪はどちらの時も蝶々。蝶々は明治期に十代の娘のあいだで流行し、そのため新蝶々など、いろいろな変形がある。銀杏返しを可愛らしくしたようなもので、ふくら雀とも似ている。娘を押しとどめているのは網元の旦那。遠洋航路の水夫長をしていたときの恰好で、「桐油の帽子に桐油の上着、下は筒袖布子で編上げ靴」とあって、ゴム製の防水着が入る一時代前らしい。(大丸 弘)
ID No. HC13-003
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1913(大正2)年3月30日号 7面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 裸:帰り途(4)
作者 根本吐芳(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D2ni:[日本髪一般]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
時代区分・年代 20世紀前半;1913(大正2)年
国名 日本
特定地域 千葉;房総半島
キーワード 蝶々髷;お太鼓結び;後ろ姿;背面
男女別 女性
体の部分 全身;上半身
関連情報 HC13-002, HC13-003