近代日本の身装文化(身装画像)
説明 ほぼ三十年の回顧場面、数え十四歳で、西洋人の経営するミッションスクールの寄宿舎に入ったヒロイン。下町娘の恰好で、「其の頃は束髪なんぞに結う者もなくて、銀杏返しに天神髷、たまには天神髷、嶋田などに結って(半)襟の掛かった着物を着て英語の稽古をする次第だから、今日(1912年)のハイカラ風に束髪よ、海老茶袴よという時代に較べて、如何に可笑しかったか解らないと思われる」。結っている髪は、前からでは天神髷か唐人髷かわからない。どちらにしても鬢(ビン)も前髪もウンと詰めているので引っ詰め髪といってもいいくらい。説明中に半襟とあるのは、単に襟のまちがいだろう。(大丸 弘)
ID No. HC12-006
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1912(大正元)年8月19日号 7面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 主義の女(8)
作者 藤生てい(てい女)(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D80:[姿勢;ポーズ(特異な姿勢・ポーズ・格好一般)]
D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))]
D2:[ヘアスタイル]
Vka:[掛襟]
D800:[感情・思考・意志の表現一般]
時代区分・年代 20世紀前半;1912(大正元)年
国名 日本
キーワード 下町娘;引っ詰め髪;ひっつめ髪;黒襟;頬杖を突く;物思い
男女別 女性
体の部分 上半身
関連情報 A12-046, HC12-006