近代日本の身装文化(身装画像)
説明 主人公が死に場所を求めて雪の中を両国橋まで来かかると、こちらの様子も見ていたひとりの男が近づいてきた。「絹双子とやらんいえる縦縞の布子二枚重ねて、上より古渡唐桟の羽織長く着下し、無造作に裾端折りして、朴の木歯の高下駄を穿つ見れば、盲縞の組腹掛けにおなじ股引勇ましく穿きたるようなり、蛇の目の傘斜めに、威勢よく橋の半ばまで歩み来たり」とあるのはこの辺りの車(人力車)屋の親方(24(下))。次の回の25(上)では、袖口などに大きな継ぎの当たった、みすぼらしい薄いきものを着た主人公の若者と対座して、その不心得を諭している。人力車夫の多くは、こうした車屋に使われている輓子(ヒキコ)か、車を借りて一日ごとに借り賃=歯代を払って商売していた。この親方の恰好は職人や鳶職の親方の標準的な姿で、これで丁髷があれば江戸時代とすこしの変りもない。両国橋はこの十年ほど後の両国花火大会に、欄干が三間以上(約10メートル)に亘って落ち、大勢の死傷者を出したため、1904(明治37)年には鉄橋に架け替えられている。(大丸 弘)
ID No. H01-057
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1890(明治23)年1月8日号 2面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 小夜千鳥(24):朝倉興茂作(下)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ji:[人力車夫]
Vhao:[羽織]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Vmom:[股引]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wkas:[傘]
D014:[若い男(20歳前後~30歳前後)]
Wzo:[草履;草鞋]
Ets:[つぎ;繕い]
時代区分・年代 19世紀後半;1890(明治23)年
国名 日本
特定地域 東京;両国橋
キーワード 人力車夫の親方;竪縞のきもの;古渡唐桟の羽織;裾端折り;高下駄;蛇の目傘;継ぎ当て;ぞうり;後ろ姿;背面
男女別 男性
体の部分 全身
関連情報 H01-057, H01-058