近代日本の身装文化(身装画像)
説明 これから、自宅の別室での、あまり気の進まないお見合いの席に出なければならない娘。母親はまず鏡台の前で、娘の束髪を耳隠しに結い直し、台所へ連れて行ってお湯で顔を洗わせ、また鏡台の前に戻って化粧をさせ、それから大きな人形でも扱うように着替えさせた、とある。束髪といっても、もうこの時代には古い廂髪(庇髪)(ヒサシガミ)ばかりでなく多種多様だったし、耳隠しも束髪の一種とも言えた。ともあれ耳隠しは関東大震災後に大流行だった。彼女が手にしているのは、小鬢(ビン=横髪)の後れ毛などをちょっと直すための筋立て(櫛)。外出のおしゃれといえばほぼこの手順。だから、最初の美容院を出るときは、頭はピカピカで、顔は薄黒く、割烹着、という姿の人も多かった。美容院はとくに美顔術の看板でも出していないところでは、お嫁さんの支度以外のお化粧はしてくれないのがふつう。(大丸 弘)
ID No. E23-001
出典資料 読売新聞
発行年月日 1925(大正14)年1月19日号 5面
画家・撮影者 清水三重三(佐藤三重三)(1893-1962)
小説のタイトル 月のゆくへ(30):猫柳(5)
作者 上司小剣(1874-1947)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2mi:[耳隠し]
D1kes:[化粧;表情;容貌]
時代区分・年代 20世紀前半;1925(大正14)年
国名 日本
キーワード 鏡台;櫛立て
男女別 女性
体の部分 上半身