近代日本の身装文化(身装画像)
説明 捨てられた子を育てて立派に成人させた――。「氏より育ちとは能く云ったもので(……)気品と云い、性質と云い、容貌(ミメカタチ)までも不思議に美しくなったので、香川家の令嬢と云っても恥ずかしくないように、立派に育てられた」、その娘が庭先の花樹の、小枝を摘んでいる立ち姿。束髪だが、廂髪(庇髪)(ヒサシガミ)というほど前には突き出していない。束髪は1890(明治20~30)年代には、一部の知識階級の女性などに結われていた。その時代は鬢(ビン=横髪)は張らせず、縦に長い形で、頭に引っついたような感じだった。前を高く膨らませたのはいわゆる下田歌子式であり、そのあと、同じタイプの花月巻の大流行があった。明治末のこの時代では、全体にもっと梳き毛を入れて、ドーナツ状に張り出させるのがふつうだった。その点からいえば、この娘のスタイルはやや時代遅れともいえるし、おとなしいといえるのかもしれない。彼女の帯は立て矢結びらしい。娘が十六,七までのときは、ふくら雀か文庫、立て矢に結ぶが、その中で立て矢はやや堅く、大仰な感じになる。(大丸 弘)
ID No. E16-011
出典資料 九州日日新聞
発行年月日 1911(明治44)年10月18日号 1面
小説のタイトル 捨子(2)(2)
作者 横山栩々子
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7sh:[小説のヒロイン;挿絵美人(この年の評判小説中の美人)]
D7re:[令嬢モデル]
D2hi:[束髪(庇髪など、後期平型の)]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
時代区分・年代 20世紀前半;1911(明治44)年
国名 日本
キーワード 竪矢の字;立て矢結び
男女別 女性
体の部分 上半身