近代日本の身装文化(身装画像)
説明 料亭の二階での、七十人の大一座の宴会がこれからはじまるというところ。廊下に控えていた半玉、つまり雛妓(オシャク)たちが、会席膳を持ち運ぶ。お座敷では黒の「出の衣裳」を着る一本の芸者とちがって、まだ子ども並みの雛妓は、思いきって派手な友禅の総模様だから、座敷にぱっと花が咲いたようになる。しかし、ふつう配膳は、料亭の女中の大事な仕事のひとつで、それに子どもが駆り出されることは滅多にない。この絵での雛妓たちは帯をみな、お太鼓に結んでいる。しかし、雛妓の華やかさは、竪矢や文庫など大人では大仰すぎる帯結びにもある。髪は先頭の子が桃割れ、次の二人が唐人髷、四人目の子は側面ではっきりしないが、たぶん桃割れだろう。唐人髷は桃割れより少し年の行った子、と説明する資料もあるが、この時代は唐人髷が流行していたのに、大正期(1912年~)に入ると急速に忘れられてしまう、というふうに、そのときどきによって一概にはいえない。(大丸 弘)
ID No. D12-023
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1900(明治33)年3月27日号 7面
小説のタイトル 舞扇(24)
作者 山本笑月(山本松之助)(1873-1936)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ni:[日本髪一般]
D2mo:[桃割れ]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
G014:[飲食店;料亭]
時代区分・年代 19世紀終わり;1900(明治33)年
国名 日本
キーワード 雛妓(すうぎ);半玉(はんぎょく);おしゃく;出の衣装;唐人髷;太鼓結び
男女別 女性
体の部分 全身;上半身