近代日本の身装文化(身装画像)
説明 二台の人力車が通っているのは、向こう側に見えている家々の二階か、それよりも高いくらいのところというめずらしい道。街灯が道を明々と照らしていると言いたいが、この数ではあまり頼りにはならない。こうした人通りの乏しそうな街路に一基だけガスまたは電気による街灯を点すことはあり得ないので、もし実際にこういうものがあるとすれば石油灯だろう。電柱はすでに明治の初期から、通信手段のためのものは建てられていた。しかしここに見る電柱はその碍子の多さから言って配電用と考えられる。1891(明治24)年頃には、東京ではすでに電柱への広告添付の申請が出されている。(大丸 弘)
ID No. D11-120
出典資料 都新聞
発行年月日 1899(明治32)年12月5日号 1面
画家・撮影者 富岡永洗(藻斎永洗)(1864-1905)
小説のタイトル 白菊御殿(24)
作者 遅塚麗水(1866-1942)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード K01:[都市・集落の中小道路]
H000:[照明;照明具(一般)]
G790:[人力車]
時代区分・年代 19世紀終わり;1899(明治32)年
国名 日本
キーワード 街灯;電信柱;電線
体の部分 群像