近代日本の身装文化(身装画像)
説明 書生羽織といわれる男羽織の、1880年代(ほぼ明治10年代)あたりまでの本来のものは、綿の入った防寒用の長羽織であり、表立ったところへ着て行けるものではなかった。これは女の着ている書生羽織で、この絵の女は囲い者、つまりお妾。「二十二三とおぼしき美形なり。縞あらき書生羽織のあだなる姿(……)」とあって、名前こそまだ変わっていないらしいが、書生羽織の変容のさまがうかがえる。書生羽織の名は時代が昭和になっても散見され、このころになると、もうすっかり女物羽織となっている。里見弴が1927(昭和2)年後半に[報知新聞]に連載した『蛇咬毒』中のある若妻の描写に、次のようなくだりがある。「縞お召の普段着に、あらい大島の書生羽織、(……)その、いかにも若奥様らしい、温かみのある落ちつきと、今夜の招待に、特に念入りに結びあげさせたでこでこに大きい耳隠しとが(……)」(報知新聞 1927年12月5日)。(大丸 弘)
ID No. D11-099
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1899(明治32)年10月28日号 4面
画家・撮影者 稲野年恒(可雅賎人)(1858-1907)
小説のタイトル 彗星(ほうきぼし)(3)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2sim:[島田;高島田]
Vhao:[羽織]
Wki:[喫煙関連;タバコ;キセル]
Jhi:[人と動物;ペットと人]
時代区分・年代 19世紀終わり;1899(明治32)年
国名 日本
キーワード 書生羽織;竪縞のきもの;長煙管(きせる);猫;長火鉢;火箸;銅壺(どうこ);薬缶(やかん);急須;湯呑み茶碗
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥