近代日本の身装文化(身装画像)
説明 涼風の立ち初めの頃、浄瑠璃寄席の帰りに友達とも別れて連れになったふたりが、家もそう遠くない曾根崎新地あたりの夜道を、急ぎ足に歩いている。「島田の髷が、憎らしいほど好う似合ッたる、広い帯を太鼓に結んで、この春時分とはえらい違い、いつの間に、こない大人らしうなったんやろ」と、もう前々から娘に色目を使っている男が積極的。春時分は髪を天神に、帯もいまのように紫繻子の丸帯を、大きな太鼓に結んでなどいなかったことはたしか。男は白絣の単物に白い扱き帯、履いているのは雪駄で、冠っているのは麦藁ではなくパナマだろう、夏の夜の寄席や縁日に行くいちばん標準的な恰好。ふたりを振り返って睨んでいるのは畳屋。懐から出した手で手拭いをつかみ、三尺帯を前でちょっきり結びにしているのなども、すこし荒っぽい。履いている下駄は畳表の付いたノメリの下駄で、安くない堂島。(大丸 弘)
ID No. D11-027
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1899(明治32)年3月21日号 5面
小説のタイトル 解衣(ときぎぬ)(7)
作者 加藤眠柳(生年不詳-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Qkas:[絣]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wou:[扇子;団扇;扇風機]
Vob:[帯]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
D3fu:[懐手]
時代区分・年代 19世紀終わり;1899(明治32)年
国名 日本
特定地域 大阪;曽根崎新地
キーワード 飛白のきもの;扱き帯(しごきおび);うちわ;総柄のきもの;お太鼓結び;太縞のきもの;三尺帯;のめり下駄;堂島下駄;ふところ手
男女別 男性;女性
体の部分 全身