近代日本の身装文化(身装画像)
説明 公卿華族家の御後室。当主である息子が三十にもならないのにすでにふたりの妻を病で失っている。そのため花柳界通いも大目に見てきたが、なじんで三人目の妻にと望んだのが女役者、しかも老家令の行き方知れずの実の娘だった、という小説的結末。元大名の大名華族は1870(明治3)年に東京在住を義務づけられたが、公卿華族にはその必要がなかったから、東京に住んでも京都の本宅は手放すことなく、京都育ちで、京都人としての性格や風俗を失わない人も多かったろう。御後室は未亡人で仏門に帰依し、剃髪しているため、頭を紫の頭巾で隠している。小紋のきものの下は白い下着と同じく白の襦袢を重ね、上は濃い色の被布、脇息をかたわらに、重ね座布団の上に行儀よく座っている。(大丸 弘)
ID No. D10-025
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1898(明治31)年4月8日号 5面
小説のタイトル 楽屋銀杏(57)
作者 武田仰天子(1854-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wzu:[頭巾;覆面]
D1me:[眼・眉毛周辺の状態(眼・睫毛・眉の化粧)]
Vhi:[被布]
Vhao:[羽織]
Vham:[袴(男性)]
時代区分・年代 19世紀終わり;1898(明治31)年
国名 日本
キーワード 眉落とし;小紋のきもの;襦袢の襟;紋付き羽織;脇息(きょうそく);座布団;火鉢;地袋
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥