近代日本の身装文化(身装画像)
説明 女芝居の桟敷席、舞台とは反対の廊下側に、柱に凭(モタ)れて芝居茶屋の男とことばを交わしている公卿華族。大名華族と公卿華族はなにかにつけて比較され、大名華族の鷹揚なのに比べると、苦労してきた公卿華族はひねている、などという蔭口もあったが、「争われぬ品の好さ」は好意的な見方だろう。この時代の劇場や寄席は冷房も暖房もなかったので、寒いときには客は十分に着込んで小火鉢にかじりついていなければならず、もちろん外套は着たままのことが多かった。黒紋附に袴、黒の山高帽という身分に相応した押し出しのこの客は、上に二重外套を重ね、その片袖をはねている。揃えてある履物は茶屋からここまでに履く特別の草履だが、歌舞伎のものと同じかどうかはわからない。小腰を屈めている茶屋の出方の男は、紺の股引に紺足袋の足袋はだし。(大丸 弘)
ID No. D10-022
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1898(明治31)年3月2日号 5面
小説のタイトル 楽屋銀杏(22)
作者 武田仰天子(1854-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vwa:[男性和装外套]
Vhao:[羽織]
Vmom:[股引]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Vta:[足袋]
Wzo:[草履;草鞋]
時代区分・年代 19世紀終わり;1898(明治31)年
国名 日本
キーワード 山高帽子;[インバネス;トンビ;鳶(とんび);二重回し;二重廻し;二重外套;二重マント];黒紋付き羽織;尻端折り;ぞうり
男女別 男性
体の部分 全身;坐臥