近代日本の身装文化(身装画像)
説明 自分から好んで牛屋(ギュウヤ)の女中になった娘、あまりの忙しさに驚く。牛屋、つまりすきやき店は『安愚楽鍋』(1872年)の時代もずいぶんむかしのことで、新しい商売ではないが、相変わらず大衆には人気があった。たいていは広い玄関からすぐに大きな階段があり、横の調理場から、誂えものを運ぶ女中がその階段を忙しく上り下りしていた。牛屋の女中というと、気風も身なりも一種独特のように考えられていた。髪は銀杏返しを引っ詰めて結い、きものは紺絣の筒袖で裾みじか、前垂れはもちろんしているが、立ち居が激しいので、きものの膝はひと月で抜けるという。帯はお太鼓をなるべく膨らませないように結び、階段で滑らないように冬でも足袋を履くことは許されなかった。(大丸 弘)
ID No. D08-117
出典資料 報知新聞
発行年月日 1900(明治33)年9月11日号 1面
画家・撮影者 鈴木華邨(1860-1919)
小説のタイトル 日の出島:曙の巻 送別会
作者 村井弦斎(1863-1927)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H65:[料亭・料理屋などの広間・座敷舞台・貸座敷]
D4ge:[下女;下男;召使い]
D2ic:[銀杏返し]
Qkas:[絣]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
時代区分・年代 19世紀終わり;1900(明治33)年
国名 日本
キーワード 牛屋;すき焼き;女中;筒袖のきもの;紺飛白のきもの;裾みじか;前垂れ;お太鼓結び;素足
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥
関連情報 D08-115, D08-117