近代日本の身装文化(身装画像)
説明 滞った米代の代わりに、母親の帯を受け取って帰る米屋の前に、立ちはだかる少年。この時代は現金に代わる価値を衣類が持っていたので、盗品にも質草にも衣類が重んじられ、それだけに誰でも、着ているものや反物に目が利いたのだ。米屋の奉公人は糠を浴びるので、仕着せは白っぽいものになる。また重い米俵を担ぐため、半纏の肩に丈夫な継ぎが当たっていて、そのうえ丈夫な厚司の長前垂れをし、担ぐときそれをヒョイと肩にかける。米屋の手拭いの被り方を米屋被りというが、丁髷を結わなくなった明治期になると、もうふつうの仕事被りをして、後頭部で結んでいる人が大部分になる。この男は古風に米屋被りをしているようだが、後ろからでははっきりわからない。(大丸 弘)
ID No. D08-100
出典資料 報知新聞
発行年月日 1897(明治30)年9月28日号 1面
画家・撮影者 鈴木華邨(1860-1919)
小説のタイトル 日の出島:帯の代
作者 村井弦斎(1863-1927)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Vhat:[半天;どてら]
Ets:[つぎ;繕い]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
Vmom:[股引]
Wzo:[草履;草鞋]
Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
D012:[男の子(小学生くらい)]
Vob:[帯]
Wge:[下駄;クロッグ]
Jhi:[人と動物;ペットと人]
時代区分・年代 19世紀終わり;1897(明治30)年
国名 日本
キーワード 米屋;半纏;つぎ当て;前垂れ;米屋かぶり;筒袖のきもの;兵児帯;犬
男女別 男性;男児
体の部分 全身