近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京で女の下宿暮らし――という思い出話のなかにでてきたひとこま。関東大震災後のアパートメントの普及まで、1890~1910年代(明治後半~大正初期)の大都市では、独身者にとっては下宿か間借り生活の時代だった。どちらにしても賄付きがふつうだった。独身者が自炊するには家や台所の構造が不便だったし、また、みじめにも感じられた。下宿のきまりきったおかずが嫌なときには、ここでは竹の皮包みの鮨が描いてある。しかし今日のように、手軽で安い鮨や幕の内などを、どこでも売っているというわけではなかったし、渋茶一杯飲むにも手を鳴らして女中に頼むしかない。湯茶を飲むことだけでなく、一般に水を使うことは不自由だった。朝は洗面所が大混雑だから、歯磨き洗面に時間をとるようなヤツは嫌われる。暑いときに汗をかいて帰ってきても、身体を拭いたりするのは遠慮があった。とりわけ素人下宿では、しばしば専用の洗面所がなく、台所の流しで洗面もしたのだ。(大丸 弘)
ID No. D08-098
出典資料 報知新聞
発行年月日 1897(明治30)年9月8日号 1面
画家・撮影者 鈴木華邨(1860-1919)
小説のタイトル 日の出島:鉄道改良
作者 村井弦斎(1863-1927)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H6:[和座敷一般]
Wkas:[傘]
時代区分・年代 19世紀終わり;1897(明治30)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 破れ障子;鏡;机;ペン立て;硯(すずり);写真立て;櫛;枕;ブランケット;ケット;膝掛け;新聞;キリンビール;コルク抜き;寿司;竹の皮;コップ;急須;お盆