近代日本の身装文化(身装画像)
説明 この作品を手がけた画家は、ふつうの画面の一部分を描くことで全体を暗示する手法を好んだようだ。画家の名は確かにはわからない。しかし、いくぶん謎解きめいていて、読者にも受けなかったのか、長続きはしなかった。この日の挿絵では三人の人物のきものの裾と足先だけを示している。右側の男は黒っぽいきものを、といっても実際は濃い紺系の色だろうが、ふつうに重ねている。それに対して真ん中の男は土地の農夫で、丈のかなり短いきものの裾から毛ずねが現れている。農漁民でも職人でも労働する人間にとっては、裾の長いきものはわずらわしい。丈の短いきもの――半纏の類の短着を着る連中といえば、それは彼らの身分を表す。貧乏人の着るものは、半纏などではないふつうのきものでも丈は短めで、身幅も狭くなる。それは用布を節約するためもあり、裾や襟の傷んだのを隠すためもあり、逆にそれが七三仕立てのような見栄にもなった。すべてが手づくりの時代、裂地は現代と比べると相対的に非常に高価だったから、布をたっぷり使って十分に身体を包むということは、貧乏人には許されなかった。(大丸 弘)
ID No. D07-055
出典資料 読売新聞
発行年月日 1895(明治28)年5月29日号 1面
画家・撮影者 中江玉桂(中江とき)(生没年不詳)
タイトル
小説のタイトル 笛吹川(29):我ハ百円の礼と受けたらむより。
作者 尾崎紅葉(紅葉山人)(1867-1903)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wge:[下駄;クロッグ]
Wzo:[草履;草鞋]
時代区分・年代 19世紀終わり;1895(明治28)年
特定通称名
国名 日本
特定地域
キーワード きものの丈の長さ;短か着
男女別 男性;女性
体の部分 下半身
関連情報
著作権情報
備考