近代日本の身装文化(身装画像)
説明 枝ぶりもみごとな植込の樹々とモダンなベンチ。大家のお庭で来客の陸軍中尉とことばを交わしているのは、第10回がこの家の一人娘。第9回がこの家に厄介になっている身寄りのない娘。三人ともが俎板のような庭下駄を履いている。二人の娘とも中尉さんに心を寄せているが、この家の娘があからさまなのに対し、薄幸の娘は想いを心に秘め、恥ずかしそうに袖で口もとを覆い、第14回では袖口を噛んでいる。この娘の娘島田に対し、憎まれ役の厚かましい娘の方が束髪。束髪は本来は実用的で質素な髪なのだが、このころになると結う人は限定されてきて、身分のある人や教育を受けている婦人という、庶民からはやや親しみの薄い人柄を感じさせていたかもしれない。中尉の軍服は日清戦争(1894年,1895年)当時の特色ある肋骨服。このあと1900(明治33)年には改定されたので、日露戦争(1904年,1905年)ではべつのスタイルに代わっている。(大丸 弘)
ID No. D07-004
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1895(明治28)年2月14日号 5面
画家・撮影者 歌川国峰(1861-1944)
小説のタイトル 愛惜(あいじゃく)(9):煩悩(4)
作者 宇田川文海(半痴居士)(1848-1930)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D4gu:[軍人;武人;騎士]
Wge:[下駄;クロッグ]
D2sim:[島田;高島田]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
D800:[感情・思考・意志の表現一般]
時代区分・年代 19世紀終わり;1895(明治28)年
国名 日本
キーワード 金持ち;庭;ベンチ;陸軍中尉;制服;肋骨服;庭下駄;リボン;髪飾り;造花;袖で口元を押さえる
男女別 男性;女性
体の部分 全身
関連情報 D07-004, D07-005, D07-006