近代日本の身装文化(身装画像)
説明 二人の若者が肉親や親しい人と別れ、故郷を離れる場面。右側の男は子持ち縞風のきものの尻端折りに博多の帯、小紋の羽織、鹿撃ち帽を被ってかなり踵の高い靴を履いている、というけっこうな身なり。手首・足首がゴム編みになったアンダーシャツ、股引を、むき出しに身に着けているのもこの時代風。荷物を振り分けにしているのはやや古風だが、この情景は少し時代が遡っていることもあり、適当な鞄がまだ普及する前だったのだろう。一方の男は帽子も被らず草鞋掛け、ということで、懐具合は少し落ちるか。大きなショール、というよりケットを巻いている。ケットが大流行したのは1880年代(ほぼ明治10年代)だったが、明治の末でも、いわゆる赤ゲットの地方人を見ることはめずらしくなかったようだ。当時はまだ引回し合羽の記憶も残っていたし、マントは学生に広く愛用されていたから、ケットスタイルも、それほど目を引くことはなかったのだろう。(大丸 弘)
ID No. D06-078
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1894(明治27)年3月16日号 3面
画家・撮影者 二代目歌川貞広(三谷貞広)(1838-1908)
小説のタイトル 浮世長者(7):別筵(続)
作者 須藤南翠(南翠外史)(坎坷山人)(彩幻道人)(1858-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Vmom:[股引]
Pu0:[アンダーウエア]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
Wkas:[傘]
Wzo:[草履;草鞋]
時代区分・年代 19世紀終わり;1894(明治27)年
国名 日本
キーワード 鹿撃ち帽;竪縞のきもの;ゴム編み;ケットを着る人;わらじ;シャツ
男女別 男性;女性
体の部分 全身