近代日本の身装文化(身装画像)
説明 破産宣告を受けた家を訪れる執達吏の一行。大きな負債の連帯保証人として判をついたために、家財を差し押さえられることになった。この場面はいま玄関から立ち入ろうとする執達吏と、家具類を運び出すための人夫たち。先頭は裁判所から派遣された執達吏で、四年前の1890(明治23)年に、判事、検事などと一緒に制服が決められている(→年表〈事件〉1890年10月 「判事、検事、裁判所書記、執達吏の制服制定」勅令 第260号 1890年10月23日)。判事、検事が聖徳太子風の装いでやや異様と見られたのに対して、執達吏だけは巡査に似たふつうの洋服だったが、それでも職掌柄ずいぶん恐ろしく見られただろう。続く角袖のモジリ外套に中山高帽、無帽で縞の羽織に首巻きの二人は代言人、つまり弁護士と思われる。二人とも白足袋に白鼻緒の堂島(下駄)を履いた裕福そうな身なり。車を曳いている半纏股引の三人は、家財を運び出すために雇われた人夫。こういう短着(ミジカギ)の人々と前の二人の長着とを見くらべれば、自ずから住んでいる世界のちがいがわかる。執達吏が最初に訪れるときは、めぼしい家財のすべてに封印をして、以後勝手に処分することはもちろん、自由に使うことも禁じられたが、日常の衣食に最低必要と判断されるものは除外された。その最低必要な品物を士族と平民とで多少違えている(→年表〈事件〉1872年6月 「華士族平民身代限りの場合、差し押さえを免れる物品の規定」太政官布告 第187号 1872年6月23日)。(大丸 弘)
ID No. D06-076
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1894(明治27)年3月6日号 5面
画家・撮影者 二代目歌川貞広(三谷貞広)(1838-1908)
小説のタイトル 浮世長者(4):公売(続)
作者 須藤南翠(南翠外史)(坎坷山人)(彩幻道人)(1858-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
Vwa:[男性和装外套]
Vhao:[羽織]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Vta:[足袋]
Wge:[下駄;クロッグ]
Vhat:[半天;どてら]
Vmom:[股引]
Wzo:[草履;草鞋]
Whac:[鉢巻;ヘッドバンド]
Wkab:[笠]
時代区分・年代 19世紀終わり;1894(明治27)年
国名 日本
特定地域 大阪
キーワード 執達吏;制服;弁護士;捩り(もじり)の外套;中山高帽;山高帽子;竪縞のきものと羽織;白足袋;堂島下駄;首巻;人夫;半纏;わらじ
男女別 男性
体の部分 全身;群像