近代日本の身装文化(身装画像)
説明 5月初旬の奈良、若草山の茶店でたまたま行き逢ったふたり。一人は老人で、「年は五十あまりなるべし、中等以上の生活をなせる人とは、一目に著(シ)るき扮装(ミノマワリ)、手提革匣(カバン)の膨らみたる」とある。五十をすぎれば初老というより、立派な老人、というのがこの時代の常識。もう一人は、「三十恰好の男、これも商人と見えて、縞物づくめの小ざっぱりとせし扮装(ミナリ)、蝙蝠傘を杖にして、喘ぎあえぎこの茶店まで上り来たり」とある。老人は小紋の羽織に縞のきもの、小紋は維新以後、あまり好まれなかった時期があり、その後も流行不流行の波があった。大体において女性か、年配者に好まれる柄。なお、文のひとつひとつの大きさは、挿絵では当然のことながら比率を無視して、大きく描かれていることに留意する必要がある。カバンはこの時代まだ大衆のものではなかった。とりわけ硬めの革鞄を持つ人というと、代言人とか執達吏のような印象があったようだ。鞄という文字自体が、明治十年代の造字。若い男が、蝙蝠傘を杖にして、とあるように、空模様に関係なく蝙蝠傘を持ち歩く人が多く、杖代わりのように思っていたらしい。それにしてはたいていの場合、キチンと畳んでいないのは不思議。(大丸 弘)
ID No. D06-015
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1894(明治27)年5月7日号 3面
画家・撮影者 中川芦月(中川蘆月)(生年不明-1924)
小説のタイトル うら紫(1)
作者 井上笠園(笠園主人)(1867-1900)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D017:[男の老人]
D014:[若い男(20歳前後~30歳前後)]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vhao:[羽織]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wka:[鞄]
Vka:[掛襟]
時代区分・年代 19世紀終わり;1894(明治27)年
国名 日本
特定地域 奈良;若草山
キーワード 茶屋;中山高帽;竪縞のきもの;小紋の羽織;のめり下駄;堂島下駄;竪縞の羽織;羽織紐;黒襟
男女別 男性;女性
体の部分 全身;上半身