近代日本の身装文化(身装画像)
説明 帝大予備門(一高)の学生と学習院女子部の学生とのロマンスで、挿絵はその出会いの場面。ただし、この日の本文はまったくべつの事件を述べているし、時代設定も見当がつかないという、本文と挿絵の整合の点では困った例。本文から離れてこの絵についていうなら、場所は俗にいう二重橋が背後に見える内堀沿いの道。皇居前広場から皇居に参入するための最初の橋が木橋だったのは1887(明治20)年まで。学生が制服・制帽らしいものを着ているが、帝大で制服・制帽の着用がはじまったのは1886(明治19)年11月だった。そして1892(明治25)年にはこれに対する存廃論議が起こっている(→年表〈事件〉1892年5月 「制服存廃についての論議」東京朝日新聞 1892年5月5日1面)。(大丸 弘)
ID No. D05-085
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1893(明治26)年9月6日号 5面
画家・撮影者 二代目歌川貞広(三谷貞広)(1838-1908)
小説のタイトル 現世相(1)
作者 須藤南翠(南翠外史)(坎坷山人)(彩幻道人)(1858-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ga:[学生・生徒(男子中学生以上)]
D7jog:[女学生]
Wka:[鞄]
Wkas:[傘]
時代区分・年代 19世紀終わり;1893(明治26)年
国名 日本
特定地域 東京;皇居前;二重橋
キーワード 帝国大学;学習院女子部;女学生
男女別 男性;女性
体の部分 全身