近代日本の身装文化(身装画像)
説明 この情景は当時の人だと張見世の格子の内外、さらには歌舞伎の「心中天網島」の小春治兵衛を連想させたろう。初代中村鴈治郎の治兵衛はちょうどこの時期、浪花の観客を唸らせていたので、そのダブルイメージを画家の歌川国峰が意識していなかったはずはない。挿絵は勘当された若旦那がこっそり家に戻って、貞淑な妻からやさしいことばをかけられる場面。天網島の治兵衛を演じた役者は、初代鴈治郎から現在の藤十郎までほぼこの絵の若旦那と同じ恰好。ただし舞台の治兵衛役者の頬被りはもっと技巧的な若衆被りなどになっているが。このあと窓の内の妻は、とりあえず手持ちの三円と、夫の身なりのあまりのみすぼらしさに、自分のきものを夫に与える。「此の着物は私の着物、女ものゆえ着にくうはありましょうが、風邪でも引いてはなりませぬから」と。和服は男も女も構造に大きなちがいはないが、寸法がいくぶん小ぶりなのと、脇下があいているなどの小さなちがいがあり、見る人が見れば気づくはず。落語の「文七元結(ブンシチモットイ)」では、博打ですっからかんになった左官屋の長兵衛親方が、女房のきものを着て吉原の出入りの廓(クルワ)へ行き、女主人から見咎められる場面がある。(大丸 弘)
ID No. D05-007
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1893(明治26)年3月4日号 3面
画家・撮影者 歌川国峰(1861-1944)
小説のタイトル 鬘草(かづらぐさ)(12)
作者 卍字楼主人
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G016:[妓楼(窓・格子のみも含む)]
Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
Vka:[掛襟]
Wzo:[草履;草鞋]
D2ma:[丸髷]
D801:[強い悩み・悲しみ・口惜しさ・羞恥の表現]
時代区分・年代 19世紀終わり;1893(明治26)年
国名 日本
キーワード 遊廓;張り見世(はりみせ);格子;頬被り;頬かぶり;着流し;黒襟;ぞうり;素足
男女別 男性;女性
体の部分 全身;上半身