近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京郊外の田舎道を散策する男爵家の若様。黒紋附の羽織に大島か結城絣の綿入小袖を重ね、中山高帽に白縮綿の襟巻。履いているのは畳表のついたノメリの下駄。綿入小袖を重ねると外套が要らないくらいの保温力はあるが、かなり着ぶくれした外見になるはず。マスクは1880年代の初め(明治10年代半ば)頃から、雑誌広告などに現れだし、口蓋器とか呼吸器といろいろに呼ばれて、明治時代は結核予防、という目的も持たれていた。この男性はむしろ、防寒のために用いているらしい。黒や茶色の、地厚の布や革製の商品が、第二次世界大戦頃まで市販されていた。(大丸 弘)
ID No. D04-140
出典資料 やまと新聞
発行年月日 1892(明治25)年2月7日号 3面
画家・撮影者 水野年方(1866-1908)
小説のタイトル 憂みの笠(うきみのかさ)(41)
作者 黒男
資料タイプ 挿絵
身装画像コード K0:[道;道沿いの景観]
Vhao:[羽織]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wmas:[マスク(防寒・衛生のための)]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Wge:[下駄;クロッグ]
D80:[姿勢;ポーズ(特異な姿勢・ポーズ・格好一般)]
時代区分・年代 19世紀終わり;1892(明治25)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 郊外の田舎道;紳士;黒紋付き羽織;中山高帽;マスク;首巻;のめり下駄;堂島下駄;腕組み
男女別 男性
体の部分 全身