近代日本の身装文化(身装画像)
説明 電灯が使われはじめると「電気灯」という作品が、幻灯が人気になると「幻灯」という作品が現れる。新聞小説作家の早耳と商売熱心には感心させられる。この小説の掲載された1892(明治25)年は、東京・横浜間に電話が開通してから一,二年しか経っていない。本文の冒頭に「銀行会社は言うに及ばず、名ある商人は皆家の内へ器械を据え付け(……)」とあるが、やや誇張されているようだ。十年後の1902(明治35)年になって「東京市内の公衆電話が三十九台」という記録があり、「新橋、上野の両駅以外は利用者が少なく、一日平均三人くらい」(→年表〈事件〉1902年1月 「公衆電話の状況」読売新聞 1902年1月24日4面)という記事もある。三十九台のうちの多くは郵便局内だったのだろう。挿絵の下谷郵便局を訪れた「五十恰好の人品よき老婦人」の着ているのは被布だろうが、被布の特色の襟元の総角(アゲマキ)が、柄のためはっきりしない。この老婦人はひどく恰幅がいいが、老人は被布の下に羽織を着込んでいることもある。髪は切り揃えて軽く結んだだけの茶筅(チャセン)。(大丸 弘)
ID No. D04-068
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1892(明治25)年5月17日号 5面
画家・撮影者
タイトル
小説のタイトル 電話(前編)(1)
作者 幸堂得知(東帰坊)(1843-1913)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D007:[女の老人]
D2:[ヘアスタイル]
Vhi:[被布]
Wzo:[草履;草鞋]
Wtu:[杖;ステッキ;松葉杖]
Psu:[スーツと附属品]
時代区分・年代 19世紀終わり;1892(明治25)年
特定通称名
国名 日本
特定地域 東京;下谷
キーワード 郵便局;電話機;茶筅髪(ちゃせんがみ);小襟;総角(あげまき);ぞうり
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥
関連情報
著作権情報
備考