近代日本の身装文化(身装画像)
説明 娘が芸者になるのを承知したのは、いま奉公に出されている弟を上の学校に入れたいがためだった。姉がいなくなったあとも、なかなか中学校には入れて貰えない弟が、姉の働いている花街あたりへ使いに出され、芸者屋の軒提灯の下を通っていると、姉の噂をしているらしいふたりの若い男に出逢って、聞き耳を立てる。彼方の男ふたりは商家の旦那株で、縞のきものの着流しに紋附羽織、頭には山高帽と麦藁かパナマの夏帽子、穿いているのは上等なノメリの下駄、一人は手にステッキを持つ。多くの客がこういう恰好では、芸者が出の衣裳に裾模様の黒紋附であるのは当然。小僧は太い中子縞のきものに、紺の前垂れ掛けで足には草履。(大丸 弘)
ID No. D03-091
出典資料 改進新聞
発行年月日 1891(明治24)年6月28日号 4面
画家・撮影者 橋本周延(楊洲周延)(1838-1912)
小説のタイトル 新橋芸者:人の恩恵〈斯なものか〉
作者 村井弦斎(1863-1927)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード K005:[遊廓内の家並み]
D013:[少年(ほぼ中学生の年頃(12~15,16歳))]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
Wzo:[草履;草鞋]
Wfu:[風呂敷(包み);布包み]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vhao:[羽織]
Wtu:[杖;ステッキ;松葉杖]
Wge:[下駄;クロッグ]
時代区分・年代 19世紀終わり;1891(明治24)年
国名 日本
キーワード 花街;中子縞のきもの;前垂れ;素足;ぞうり;風呂敷包み;紋付き羽織;山高帽子;のめり下駄;提灯
男女別 男性
体の部分 全身