近代日本の身装文化(身装画像)
説明 正月二日の朝湯の銭湯。出てきたのはお抱え車夫。紺の腹掛けに同色の半纏股引姿は人力車夫の決まったスタイル。1884(明治17)年に〈人力車夫取締規則〉が公布され、着衣についての規制も厳しくなっている。紺といってもほとんど黒に近いので黒鴨などとあだ名された。このスタイルは昭和戦前の、人力車の終末期まで変わらなかった。上から大きな縞のねんねこ半纏を担いでいるのは、勇みや遊び人の世界に通有の恰好。左側の馬丁の方もほぼ同じ姿で、どちらもおきまりの兵隊風の帽子に突っ掛け草履。この時代、個人で馬車を持つ人はごく一部の貴顕だけだったが、お抱え人力車の方は、女中を二人くらい置く中くらいの官吏でもめずらしくなかった。当時の人は「手車」と呼んだり、「腕車」と書いたりした。(大丸 弘)
ID No. D03-045
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1891(明治24)年1月6日号 2面
画家・撮影者 二代目歌川貞広(三谷貞広)(1838-1908)
小説のタイトル 名ふだ籠(3)
作者 岡野半牧(岡野武平)(半牧居士)(1848-1896)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ji:[人力車夫]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Vhat:[半天;どてら]
Vmom:[股引]
Wzo:[草履;草鞋]
時代区分・年代 19世紀終わり;1891(明治24)年
国名 日本
キーワード 銭湯;馬丁;突っ掛け草履;ぞうり
男女別 男性
体の部分 全身