近代日本の身装文化(身装画像)
説明 本文のほとんどは日本人の体力、健康と、国力との関係をめぐる議論。挿絵はその体力向上の一手段としての銃猟。学習期には一般にそうしたものだろうが、乗馬でも自転車でも自動車でもゴルフでも登山でも、西洋の本や写真で見るとおりのハイカラな恰好が、まるでそうしなければ自転車にも自動車にも乗れないように真似られた。銃猟の場合も例外ではない。これはひとつには、こうしたレジャーが比較的富裕層のなかではじまったためだろう。だから学生のなかで盛んになった野球やテニスなどのスポーツでは、けっこう間に合わせの用具や、奇妙な恰好の競技者も見られた。またたとえばイギリスの場合、ハンティングは乗馬して兎や狐を狙うというスタイルが中心、というふうに、風土習慣のちがいからそのまま日本で真似られない点も多く、さまざまの妥協や日本化はやむをえなかった。ハンティング・スタイルの影響のひとつは、皮革製品の利用の広がりだったろうが、それも含め銃猟は多くの点で乗馬スタイルと共通する。(大丸 弘)
ID No. D03-039
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1891(明治24)年6月26日号 3面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 朧夜の夢(9)
作者 嵯峨の屋おむろ(嵯峨の屋お室)(嵯峨のや主人)(1863-1947)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wka:[鞄]
時代区分・年代 19世紀終わり;1891(明治24)年
国名 日本
キーワード 銃猟風景;ハンティング・スタイル;ハンティングスタイル;ハンチング帽;猟銃
男女別 男性
体の部分 全身