近代日本の身装文化(身装画像)
説明 この日の本文は挿絵になりにくいためか、最後の数行、「裏手なる破垣一重隔てし小道の方に、富山あたりの薬売らしき装いをせしふたりの男佇み居り(……)」とのくだりがとりあげられた。第二次大戦近くになると、富山の薬売りの風俗が特異なもののように思われたが、明治のこの時代ではごくあたりまえの旅装束であり、数ある行商人の標準的な拵えにすぎなかった。その点では娘毒消し売りにも似たことがいえる。行商人の恰好といっても、眼に立つのは真っ白な長股引に、紺の脚半に紺足袋草鞋ばき、という足拵えが主なもので、被りものや外套、首巻のたぐいは、人により、季節によってさまざま。右側の男の着ているのは昔風の半合羽ではなく、西洋風の釣鐘マントであるらしい。また左の男が鞄と一緒に提げているノート風のものは、懸場帳といって、じぶんの持っているお得意さんについての情報台帳。(大丸 弘)
ID No. D01-233
出典資料 絵入朝野新聞
発行年月日 1890(明治23)年1月12日号 1面
画家・撮影者 歌川国松(一龍斎国松)(1855-1944)
小説のタイトル 七変化(38)
作者 香樹園主人(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D5ry:[旅装;旅姿;旅装束]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Pma:[マント]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Vmom:[股引]
Wkya:[脚絆;脛覆い]
Vta:[足袋]
Wzo:[草履;草鞋]
Wkas:[傘]
Wka:[鞄]
時代区分・年代 19世紀後半;1890(明治23)年
国名 日本
特定地域 富山
キーワード 薬売り;旅装束;中山高帽;襟巻;釣鐘マント;竪縞のきもの;尻端折り;ぞうり;洋傘;蝙蝠傘;こうもり傘;懸場帳(かけばちょう)
男女別 男性
体の部分 全身