| 説明 | 肺を病む母親の病床につき添う娘、壁画のように大きな六曲屏風の山水に囲まれて、厚い重ね布団に身体を休めている女性は、一見仕合わせそうだが、じつは夫の仕事への無理解から嫌われ、見放された妻、ということになっている。この時代の東日本の夜具は、東京をふくめて袖つきの掻巻がふつう。俗に蒲団柄といわれる、赤の勝った濃色の大きな模様で、襟に掛ける黒ビロード以外、シーツもカバーもまだ使う家庭はなかった。枕だけは従来の高枕に変わって、括り枕が普及しはじめたのは束髪の女性が多くなったため。女学生の娘はもちろん揚巻の束髪だが、病床の母親は、いわば本来のつくね髪にしているのだろう。看病のかたわら娘が手を休めない毛糸編みは、在留の欧米女性の指導によって洋裁以上に熱心に学ばれ、次の時代には、一部の女学校で正科の課程の中に加えるほどの人気になっていた。(大丸 弘) |
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| ID No. | D01-156 |
| 出典資料 | 改進新聞 |
| 発行年月日 | 1889(明治22)年4月6日号 1面 |
| 画家・撮影者 | 橋本周延(楊洲周延)(1838-1912) |
| タイトル | |
| 小説のタイトル | 濁世(じょくせ)(4) |
| 作者 | 須藤南翠(南翠外史)(坎坷山人)(彩幻道人)(1858-1920) |
| 資料タイプ | 挿絵 |
| 身装画像コード | Jhu:[ふとん・ベッドに横たわる;寝道具] Vyo:[夜着;夜具;掻巻] D4by:[病人;けが人;障害のある人] D2:[ヘアスタイル] D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))] D2so:[束髪(前期縦型の)] Qni:[ニット;編み物] |
| 時代区分・年代 | 19世紀後半;1889(明治22)年 |
| 特定通称名 | |
| 国名 | 日本 |
| 特定地域 | |
| キーワード | 掻い巻き(かいまき);黒ビロードの布団襟カバー;括り枕;つくね髪;上げ巻;編物;かぎ針編み;毛糸玉;薬瓶;飲み薬;ランプ;和綴じの本;六曲屏風 |
| 男女別 | 女性 |
| 体の部分 | 全身;上半身 |
| 関連情報 | |
| 著作権情報 | |
| 備考 |