近代日本の身装文化(身装画像)
説明 継子(ママコ)いじめもの。父親の単衣を仕立てて母親に見せると、「お前は本当に親孝行だネ、父様のきものというと大層早く出来てサ、わたしのきものというと三日も四日もかかる様だ、そうしてお前は継母(ママハハ)を馬鹿にするんだろう」といった言いがかりで、長煙管を取って丁々発止と打ち据えた――。生みの母親が死んだあとに入った後添えで、「父の心はわからねど卑しき芸者を妻として」とある。偏見にはちがいないが、芸者は幼い仕込みの時代から芸の修業のため、打たれることにも打つことにも慣れている人間が多かった。家での普段着もまだ裾を曳いていた人の多かった時代で、また現代にくらべると着方もずっとゆるかったから、こうして少し足を踏ん張ると、下の湯文字(ユモジ)が幕のように表れる。娘をかばっているのは店の手代で、店でも外出でも、縞のきものに角帯が、この時代はまだ御店者(オタナモノ)の決まったお仕着せ。(大丸 弘)
ID No. D01-127
出典資料 都新聞
発行年月日 1889(明治22)年2月5日号 3面
画家・撮影者 稲野年恒(可雅賎人)(1858-1907)
小説のタイトル 栄枯盛衰(23)
作者 日置政太郎(海鶴仙史)(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H6:[和座敷一般]
G043:[縁先;縁端]
G051:[小規模の門;しおり戸;女のもとを訪れる男;大和絵風情景]
D2ni:[日本髪一般]
D3hi:[曳裾]
Wki:[喫煙関連;タバコ;キセル]
D802:[脅し・怒り・叱責・威圧・威厳の表現]
Vob:[帯]
D801:[強い悩み・悲しみ・口惜しさ・羞恥の表現]
時代区分・年代 19世紀後半;1889(明治22)年
国名 日本
キーワード 曳き裾;長煙管(きせる);竪縞のきもの;角帯;反物;簀戸(すど);簾戸(すど);葦戸(よしど);縁側;庭
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥