近代日本の身装文化(身装画像)
説明 主人公が大阪から上京し、若さに任せて新吉原で浮かれ遊びをしていると、郷里での幼なじみの女性が花魁(オイラン)となっているのに出逢う。豊かな造り酒屋の一人娘だったが、急死した父親には多くの隠れた借財があり、どうしても返せなかった二百両のために身売りしたとの身の上話に驚く。ここでは当時の吉原の、標準的な太夫姿が描かれている。一本立ちの女郎は自分の部屋を持ち、遣り手、あるいはおばさんと呼ぶ中年女と、小さい女の子を手元で使っている。女郎は面と向かっては花魁と呼ばれ、太夫という言い方はやや正式な場合。頭は古風な兵庫髷がふつうで、非常に大きく結うのが遊女の特色だが、娼婦は吉原にかぎらず一般に髪を大きく結う傾向がある。花嫁の着るのと同じ裲襠(打掛)を真っ赤な長襦袢の上に着るが、幅の広い派手な掛け襟のあるのが花嫁とのちがいで、「しかけ」と呼んでいる。廊下を歩く草履は特別に台の分厚いもの。(大丸 弘)
ID No. D01-107
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1889(明治22)年2月5日号 3面
小説のタイトル 筆はじめ(24)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ni:[日本髪一般]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vka:[掛襟]
Vuc:[打掛]
Wzo:[草履;草鞋]
時代区分・年代 19世紀後半;1889(明治22)年
国名 日本
特定地域 東京;新吉原
キーワード 花魁(おいらん);娼妓;遊女;女郎;兵庫髷;簪;掛け襟;仕掛け(しかけ);裲襠(うちかけ);ぞうり;廊下
男女別 女性
体の部分 全身