近代日本の身装文化(身装画像)
説明 大阪から出奔し、東京下谷のさる大家の内弟子に住みこんでいる駆け出しの絵描き。同じ画塾にはほかにふたりの書生がいて「是等に誘い出され、時として料理屋青楼なんどへもゆき、僅かに日頃の鬱を遣るまでの遊びをなす事となりしが、段々に高じて遂には吉原の花にも浮かるる事となりて(……)」という気楽な身分。画塾の制服でもあるまいが、上に羽織っているものの下はほとんど同じ柄の縞のきもの。全く同じ裾ふきのある、前褄の引き上げ方も同じ。白足袋にノメリの下駄、お釜帽子といわれる中高帽子。画家がそこまで意識的に描いたかどうかわからないが、地方出の青年の遊びというと、たいていは指南役がいて、教科書通りの伊達男の行列になりがちなもの。それとは対照的に、上に着ているのは三人三様で、先頭の青年が肩マント、すなわちケープ。中央の主人公は大人しい黒羽織。そのあとが二重外套。三人ともお酉(トリ)様帰りと見え、手に縁起物を持っている。(大丸 弘)
ID No. D01-106
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1889(明治22)年1月29日号 3面
小説のタイトル 筆はじめ(20)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G014:[飲食店;料亭]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wke:[ケープ]
Vhao:[羽織]
Vwa:[男性和装外套]
Vta:[足袋]
Wge:[下駄;クロッグ]
時代区分・年代 19世紀後半;1889(明治22)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 画家;書生;中山帽;肩マント;黒羽織;羽織紐;[インバネス;トンビ;鳶(とんび);二重回し;二重廻し;二重外套;二重マント];竪縞のきもの;白足袋;のめり下駄;縁起物
男女別 男性
体の部分 全身