近代日本の身装文化(身装画像)
説明 大阪市内でも少数の大家ではそれぞれの内井戸を持っているが、一般の庶民はこうした共同の井戸――義井を利用していた。共同の井戸というと江戸の九尺二間の裏長屋を連想するが、この日の本文では、小間使い付きで気楽に暮らしている良い家のお嬢様も、水に関しては貧乏所帯のおかみさんと同じ井戸の利用者。井戸水は水道水に比べると、厳冬でもそれほど冷たくないというが、それでもすすぎものなどしていれば、手先がしびれて背中まで冷えてくることに変わりはない。冬の洗い物は女性の苦行だった。霜焼けで手のひらがグローブのように膨れている娘さんがよくいたものだ。(大丸 弘)
ID No. D01-005
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1889(明治22)年2月18日号 3面
画家・撮影者 田口年信(二代目年信)(白井勝沅)(修斎国泰)(仙斎年信(二世))(1866-1903)
小説のタイトル 鬼薊(おにあざみ)(5)
作者 三品藺渓(1857-1937)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード K122:[水汲み場;洗濯場;共同井戸]
Ese:[洗濯;洗い張り]
Vtas:[襷]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
時代区分・年代 19世紀後半;1889(明治22)年
国名 日本
特定地域 大阪
キーワード 井戸;盥(たらい)
男女別 女性
体の部分 全身;上半身;坐臥