近代日本の身装文化(身装画像)
説明 女の背後から、男がその帯際を掴んで行かせまいとするところ。明治の半ばごろのやや前屈みの姿勢の女が、腰骨の辺に帯を締めると、こうして後ろから帯を引き寄せられ、身もだえするすがたも絵になるようだ。結び方が若い人の特別な飾り結び以外、お太鼓一辺倒になったのは、1910年代(大正初め)に入ってから、と考えられるひとつの根拠は、それ以前の時代を背景にした小説挿絵の中の庶民の女性、とりわけ既婚女性は、ほぼ例外なくひっかけ結びで描かれていることだ。東京下町を商売人の目で体験してきた理容館の遠藤波津子の、明治時代の下町のおかみさんは、大体が家では手軽なひっかけ結びで、裾を曳いている人もまだ多かった(読売新聞 1930/7/26:5)という思い出も、だいじな証言になる。庶民の女性のふだんの帯は長さが二尺ほど短い八尺で、ひっかけ結びの結びあまりの一方は、斜め横に角のように突き出ているのが特色。(大丸 弘)
ID No. CH1-052
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1889(明治22)年8月6日号 3面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル くされ縁(44)
作者 半井桃水(1860-1925)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Vhao:[羽織]
Vob:[帯]
Wge:[下駄;クロッグ]
時代区分・年代 19世紀後半;1889(明治22)年
国名 日本
キーワード 裾の袘(ふき);帯を引っ張る;黒紋付き羽織;格子のきもの;日和下駄;堂島下駄;シャツ;ワイシャツ;ホワイトシャツ;カフス
男女別 男性;女性
体の部分 全身