近代日本の身装文化(身装画像)
説明 もっとも一般的な下宿屋の玄関で、上がり口で履物を脱ぎ、正面の階段を上がると中廊下になっていて、両側に部屋が並ぶ、というプラン。都会にはいくらもあった安宿と変わることはなく、後にアパートが増えはじめるとやっぱりこのプランが引き継がれる。履物をはいたまま家に上がるという考えは、この時代の人にはなかった。ただしこれはさいしょから旅館、あるいは下宿屋として建てられた場合で、多かった素人下宿の場合は、もちろん部屋数も少ないし、主人たちの住む母屋との関係もさまざま、賄い付きの部屋貸し、といえるだろう。小金を持った未亡人などが、学生さん相手なら堅いから、という理由でこの商売に手を出したもの。下宿むきの売家などという広告を新聞で見かけることがある。下宿で保証されるのは住と食だ。部屋の広さは三畳から六畳がふつうで、八畳、一〇畳はごくすくない。ふつうは三尺でも押入はついているものだが、むりに部屋を小さく仕切った場合には押入れがなくて、布団や行李は狭い部屋の隅の方に重ねておくしかない。布団は貸布団屋から借りれば、下宿屋の煎餅布団よりはましなものにくるまって寝ることができる。 その他下宿人に必要なものはランプと小机、学生なら本箱、手焙り火鉢くらいのものだろう。(大丸 弘)
ID No. CH1-037
出典資料 都新聞
発行年月日 1895(明治28)年8月7日号 3面
小説のタイトル 女喰ひ(18)
作者 堺欠伸(本吉欠伸)(欠伸居士)(桃南子)(1865-1897)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2sim:[島田;高島田]
Jmi:[見送り;出迎え]
Vhao:[羽織]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
G023:[日本式玄関構え]
時代区分・年代 19世紀終わり;1895(明治28)年
国名 日本
キーワード 黒紋付き羽織;竪縞のきもの;のめり下駄;堂島下駄;麦藁帽子;後ろ姿;背面;階段
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥