近代日本の身装文化(身装画像)
説明 明治20年代半ばまでいくぶんか雌伏の時期を経た束髪は、日清戦争(1894年,1895年)後の戦捷気分に乗って、十年前よりは一段とハデなスタイルに変容し、時好に投じた。渡辺霞亭が[大阪朝日新聞]に『束髪娘』の連載をはじめたのが戦後の1896(明治29)年。当時の新聞小説のあり方からすれば、まさにその束髪復活を裏付けていると見てよい。ヒロインは「年のころは十八九、色白う細面にして愛嬌こぼるる如く、緑の黒髪を揚巻とか云う束髪に結うて、昔様の米沢縞の袷、古代織物の幅広帯といういでたちなり」という美人。この美人を狙って家を訪れた近所の寺の好色な住職。この揚巻では髱(タボ=後ろ髪)がかなり膨らんでいる。この、後ろ髪、ときには鬢(ビン=横髪)の膨らむことが、『洋式婦人束髪法』時代の束髪との違いで、いくぶんか日本髪の形に近づいた、といえる点だ。(大丸 弘)
ID No. CH1-015
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1896(明治29)年10月13日号 5面
画家・撮影者 二代目歌川貞広(三谷貞広)(1838-1908)
小説のタイトル 束髪女(そくはつむすめ)(6)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4so:[僧侶;神官;聖職者]
D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D2so:[束髪(前期縦型の)]
Vka:[掛襟]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
G043:[縁先;縁端]
時代区分・年代 19世紀終わり;1896(明治29)年
国名 日本
キーワード 坊主頭;数珠;座布団;黒襟;格子のきもの;お太鼓結び
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥