近代日本の身装文化(身装画像)
説明 明治・大正・昭和前期を通じて男性が股間を覆う衣料には、褌(フンドシ)とパンツという、大きなふたつの種別があった。特別な目的以外の一般的な褌は、六尺褌、越中褌、畚(モッコウ)褌の三種。パンツは構造上、二,三種類に分けることもできるが、それぞれの名称には不確かな点もある。男性には褌派とパンツ派とがあって、褌派の人の方が古い日本の男らしく、明治の男といえばほとんどがまだ褌だった、というふうに考える人があるかもしれないが、挿絵の中で見るかぎり、もう1880年代(ほぼ明治10年代)ぐらいでもたいていの男はパンツ系のものを穿き、褌は稀である。この絵は、大戦以前、男性の穿いていたもっともふつうの猿股で、すでにパンツと呼ぶ人が多かったはず。このころになるとデパートでも、ゴム入りの、西洋風のブリーフは安く手に入ったが、大人は紐で結ぶもので、ゴム入りは子ども向き、と考えている家庭もあったようだ。(大丸 弘)
ID No. CH1-007
出典資料 報知新聞
発行年月日 1931(昭和6)年10月16日号 10面
画家・撮影者 吉邨二郎(1899-1942)
小説のタイトル 新たに芽ぐむもの(3):友達(3)
作者 佐藤紅緑(1874-1949)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Pu0:[アンダーウエア]
Pfun:[下ばき;ふんどし]
D0ro:[露出;シースルー]
D80:[姿勢;ポーズ(特異な姿勢・ポーズ・格好一般)]
時代区分・年代 20世紀前半;1931(昭和6)年
国名 日本
キーワード 猿股;植木鉢;フラワースタンド;プランター台
男女別 男性
体の部分 全身