近代日本の身装文化(身装画像)
説明 第20回は、家を探して通りがかりの女を呼び止めている車夫。第21回では、探し当てた家の座敷に上げられて、出された浴衣に着替えるため、穿いてきた半股引を脱いでいる。車夫の衣裳付けは、「手首は鈕子(コハゼ)をもて止め、胸頭(ムナサキ)は紐をもて結びたる紺無地布(メクラジマ)の肌着の腰までなるを着、千種木綿の猿股とかいえる膝より二寸弱も上りたる小股引を穿き、手には手拭い、足には草鞋がけ、首(カシラ)には竹の皮をもて編みたる鶉笠の一文字なるをかぶりし独りの男其風体より見るときは人力車夫にもあらんか」。人力車夫の半股引は、規制上はもう少し長くなければならない。それは分類的にはアンダーウエアではなく、褌(フンドシ)など下穿きの上に穿くもの。直接恥部を覆う猿股とはちがう。その点でこの叙述はわかりにくい。作者は猿股という名を知らないように書いているが、当時はあまり、一般的に使われていることばではなかったのだろうか。(大丸 弘)
ID No. C21-036
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1888(明治21)年8月21日号 3面
画家・撮影者 右田年英(梧斎年英)(1863-1925)
小説のタイトル 虚無僧富士磐梯(こむそうふじいわおのかけはし)(20)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ji:[人力車夫]
Wkab:[笠]
Vmom:[股引]
Wzo:[草履;草鞋]
時代区分・年代 19世紀後半;1888(明治21)年
国名 日本
キーワード 半股引;ぞうり
男女別 男性;女性
体の部分 全身