近代日本の身装文化(身装画像)
説明 額の上の髪を短く切って簾(スダレ)のように前に垂らすことを切前髪(キリマエガミ)という。切前髪は髪のスタイルの一部分で、小さな部分だから、さまざまなヘアスタイルと組合わされていつの時代にもある。しかし本式の日本髪と組み合わされている例はごく少ない。切前髪が多く見られるようになったのは、1885(明治18)年頃にはじまった束髪、とくに西洋風束髪と組み合わさってのこと。この絵に見るように、1880年代(ほぼ明治10年代)後半の西洋束髪ブームでは、推奨された何種類かのスタイル――イギリス巻、フランス巻、揚巻、マーガレットなどの眼目は大体背面から頭頂にかけての髷の取りようであって、とくに前髪についての言及はないようだ。そのためかその時代、新聞小説挿絵に登場する若い束髪の女性に、切前髪がかなりの比率で認められる。前髪を短く切って前に垂らす髪型は西洋ではめずらしくない。当然日本娘の切前髪もそれをまねたにちがいない。髪を前に垂らす理由は、広すぎる額や面長な顔を嫌っての場合もある。女賊三日月お仙のように、向こう傷を隠す目的もあった。前髪を垂らした顔には、人によっては幼さや、また一種の愛嬌の出るものらしく、英米ではこのスタイルを“kiss me quickly”などと呼ぶ。この絵に描かれているのは、華族と見まがうような家庭の二十歳ばかりの娘。「濡烏の羽色恥ずかしき翠の黒髪を今様の束髪に束ね、(……)広き前額を包むまでに剪下げたる髪の房やかなるは、美人にのみ供うのものなるべし」とあり、切り前髪が顔の美しさを際立てる効果を強調している。(大丸 弘)
ID No. C20-070
出典資料 改進新聞
発行年月日 1887(明治20)年7月10日号 2面
画家・撮影者 橋本周延(楊洲周延)(1838-1912)
小説のタイトル 㬢の旗風(あさひのはたかぜ)(1):天長節(中)
作者 須藤南翠(南翠外史)(坎坷山人)(彩幻道人)(1858-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D007:[女の老人]
D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D2:[ヘアスタイル]
G043:[縁先;縁端]
時代区分・年代 19世紀後半;1887(明治20)年
国名 日本
キーワード 切り前髪;切下げ前髪;肩を揉む;火鉢
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥