近代日本の身装文化(身装画像)
説明 この挿絵では吉原稲弁楼の花魁(オイラン)が洋装で引きつけに現れ、客も同輩の花魁たちをも驚かしたさまを描いている。前年からこの年にかけて、娼妓の洋装は各地で点々と報告されている。しかしそれはごくわずかのお先走り、といった程度に終わった。芸妓の場合は、東京中で洋服・束髪をしたのは葭町千歳屋の米八で、あとに続くものはほとんどなかった。吉原芸者の中で英語を習う者が出てきた、という方がより実用的だったろう。外国人の吉原見物はけっこう多かったから。この挿絵は洋装にはちがいないが男装で、たぶん客の着てきたものを借り着したのだろう。(大丸 弘)
ID No. C20-042
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1887(明治20)年5月7日号 2面
小説のタイトル 当世美人くらべ(2)
作者 天橋漁夫;古川魁蕾子(古川魁蕾士)(古川魁蕾史)(古川精一)(鬼斗生)(斗鬼生)(1854−1908)[閲]
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D5is:[異性装]
D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
時代区分・年代 19世紀後半;1887(明治20)年
国名 日本
特定地域 東京;吉原
キーワード 男装
男女別 女性
体の部分 全身;上半身;坐臥