近代日本の身装文化(身装画像)
説明 勝手口で、頼んだ桶の修理を、赤ん坊の子守りがてら見物している女中。金盥が普及するまでは、家庭でも大小の木製の桶がいろいろな用途に必要だった。桶が水漏れなど生じて使えなくなると、流し職人の桶屋が呼ばれることもある。桶の箍(タガ)にするための、竹を縦に裂いたものを、車輪のように縛って肩に担いでいたので、箍屋とも言った。職人は豆絞りの手拭いで頬被りをし、七宝繋ぎ模様の襦袢の袖は紺の手甲、足元はピッタリした紺の股引。上に羽織った単衣のきものを仕事中は後ろにはねている。(大丸 弘)
ID No. C20-023
出典資料 めさまし新聞
発行年月日 1887(明治20)年7月29日号 1面
小説のタイトル 新曲早苗唄(10)
作者 渓斎英泉(一筆庵可候)(1790-1848)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
Vna:[長襦袢;襦袢]
Vmom:[股引]
D4ge:[下女;下男;召使い]
Vka:[掛襟]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
D000:[乳児;赤ん坊]
Jko:[子守り;子守っこ]
時代区分・年代 19世紀後半;1887(明治20)年
国名 日本
キーワード 勝手口;職人;豆絞り;頬被り;頬かぶり;女中;桶
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥